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【私の体験】元高校音楽教師が語る!教員を辞めた理由とは?

こんには!元高校音楽教師のYuriです。

タイトルを見て、教師の仕事を悪く書くのか、教職離れをあおるのか、と不安になられた方もいるかもしれませんね。

私は情熱をもって、定年まで教職を全うする覚悟で教員になりましたが、悩んだ末、退職しました。

自分の未熟さもあったかもしれないし、向いてなかったのかもしれません。

この記事では、私の退職した理由を書きますが、

教師を志して勉強している方や、情熱をもって生徒と向き合っている先生方を批判したいわけではありません。

むしろ、応援したいと思っています!

もし、言葉たらずでお気を悪くされた方がいたらすみません。

当時、音楽教師だった私のように、教職について悩んでいる方や、教師になる道に進んで本当にいいのか、迷っている方に読んでほしいと思って記事にしました。

一人で悩みすぎて心身を病んでしまう方も多いし、新卒で自殺に追い込まれてしまう教師もいますよね。

そんな方が、やっぱり教師を続けたい!と思うか、違う道を選ぶか悩んだ時の参考になれば嬉しいです。

これからも、情熱があり、自己研鑽を続けてしっかりと子どもたちの向き合っていける教師が増えていくことを願っています。

決して教職の批判をしたいわけでない、ということをご理解のうえ、お読みいただけたら幸いです。

目次

元高校音楽教師の私の情熱の変遷

教師への情熱に火がついた大学時代

私はもともと教師に憧れていたわけでも身近な人に教師がいたわけでもありません。

小学校の音楽では、誰も歌わないクラスだったり、暴言を言う、行動を強制する先生に出会ったり(今は改善されていると思いますが)と、先生に恵まれなかったので、小学生の頃から教師に対するイメージは良くありませんでした。

中学では、合唱コンクールをやる意味が分からず、何のために音楽の授業があるんだろうといつも疑問でした。

高校の音楽の授業で初めて学校の音楽の授業が楽しいと思いました。

高校3年の時に、ピアノで安定した仕事がしたい、どちらかといえば消去法で教師の道を選びました。

そんな私でも、大学で学びを深めるにつれ、教師ほど夢のある仕事はない!と私にとって、天職だ!と思えるほどになりました。

知的高等特別支援学校で個の大切さを学ぶ

初任では、僻地か特別支援学校かどちらかに行く可能性があると聞いていましたが、私の場合は知的障害のある生徒が通う高等特別支援学校でした。

音楽の授業だけでなく、正直やりたくない授業も担当しましたが、多くのことを学び、成長できました。

特に1年生の時から担任した生徒たちが卒業する時の喜びは、ひとしおですよね!

特別支援学校では、最大で10人のクラスを主担当の教師とサブの先生2人で教えます。

障がいが重い子もいれば、ほとんど普通の高校生と変わらない子もいますが、

丁寧に個別に関っていくことで、どんな生徒も必ず成長し、問題行動がへったり、意欲的になっていきました。

30人近く、一斉に授業されることしか経験してこなかった私が、特支を経験し、一人一人に丁寧に向き合うこと、個別の目標の重要性を実感しました。

障害のある生徒が働きにくい社会へ疑問

特別支援の小・中学学校では、産まれてきた意味や、一人一人の個性についてなど、希望のある授業が展開されていきますが、高等学校では一変して、厳しい社会に出る準備が行われます。

職業訓練という授業は、社会で働くために、コミュニケーションの型や作業の正確さ、指示通りに動くこと等を教えます。

私はこの授業が大嫌いでした。

上の指示を絶対に守る、素早く行動する、大きな声で返事・あいさつをする、などまるで軍隊のような風景。

社会に出ても、障がいがあると区別されて、就職先や仕事内容が限定されてしまうのが、現在の日本です。

仕方ない、本人が安心して働くためには単純な作業の繰り返しがいい、という考えに疑問を感じました。

障がいがあっても、一人一人素晴らしい良さがあるのに、潰してしまっている、職業訓練とは何なんだろうと苦痛でした。

人と違う人を排除している社会は、全ての人にとって生きにくい社会ですよね。

子どもたちの意欲の低下は、社会のあり方や学校の授業に原因があると思うようになりました。

特別支援学校で、多くの教員に出会い、意欲の差を感じた

特別支援学校は授業をする先生の他に、サポートの先生が入る授業がほとんどです。

そのため、普通の学校に比べ、教師の数が多く、教員同士の関りも密接です。

たくさんの教員がいると、色々な考えの人ががいました。

仕事に対する情熱も異なります。

素晴らしい教師もたくさんいましたが、一方で見習いたくない教師も一部いました。

見習いたくない教師ほど、人の意見がきけなかったり、自分のやり方を押し付けてきたりするので、大変でした。

ベテランは正しい、というような年功序列の組織で、意欲のない先生でも、生徒の前では堂々と教えています。

何か問題があってはいけないので、仕事ができる先生にばかり負担がいきます。

手のかかる生徒の担任になったり、重要な校務の仕事もふられます。

情熱がある先生や、勉強だからと都合よく仕事を任される若手教員はいくら時間があっても足りないのに、さっさと仕事を終わらせて帰る先生、無駄話ばかりしている先生もいます。

頑張れば頑張るほど、学校組織への不満や疑問を感じるようになりました。

通勤が2時間かかる普通高校へ異動

異動があり、片道車で1時間かかる単位制高校に配属されました。

異動の通達はなんと10日前でした。

通勤できる距離と言われましたが、車で事故してしまいそうだったので、急いで引っ越しました。

配属の希望は基本的に通らないと聞いて、教師は教育委員会の、都合のよいコマなんだなと感じてしまいました。

子どもが産まれたばかりの体育の先生が僻地に勤務になったり、若手の音楽の先生が僻地の2校をかけ持ちしていたりしていました。

ベテラン教師でも、高速を使って通勤している人もいました。

特に音楽、体育などの母数の少ない教科は異動が大変です。

数年に一度ある異動で希望が通らないのは、今後不安だなと感じました。

普通高校で生徒に十分向き合ないもどかしさ

個別指導の重要性を経験していたので、普通高校で一人一人に向き合う時間がない、困っている生徒に寄り添えないということがとても辛かったです。

普通高校でも、少人数で一人一人に目が届く、個別の指導の時間がとれたらどんなにいいだろうと思いました。

本来であれば、集団に入れないから、和を乱すから、と障がい児を分けるのではなく、全ての子どもを個性をもった1人の子として尊重できる学校であるべきですよね。

普通高校では、一人で最大35人を相手にしなければなりません。35人の中には、特別支援学校の生徒と同じ様に1人ずつ丁寧にかかわらないと授業がわからない生徒もたくさんいます。

人間関係に悩みを抱えている生徒もたくさんいます。

困っている生徒に気づいていても、全員に十分関る時間がありませんでした。

当時、音楽教師だった私は個別指導が難しい学校の授業に限界を感じていきました。

高校生の生徒指導に疑問

高校の授業はとても楽しかったのですが、私は生徒指導で辛くなってしまいました。

意欲の低い生徒に、どんなに個別に向き合っても、教師や学校に反抗したい年頃である高校生には伝わりませんでした。

自分の未熟さと経験不足もありますが、「教師」という立場から話しても、高校生には遅すぎる、と感じました。

もちろん、生徒に真剣に向き合って、試行錯誤しているすばらしい先生方もいますが、

教師に対する信頼感が失われているのに、生徒のせいにする教員、

大きな声で、力で押さえつけようとする体育教師、

表では生徒に向き合っているように見えるけれど、裏では諦めモードで要領よくこなしている教師などもいました。

そんなやり方でしか生徒に向き合えない先生になりたくない!と思いました。

しかし、このままでは私も染まってしまう、と思うほどしっかりと子どもに向き合うエネルギーがなくなってしまいました。

先輩教師の姿に不安

生き生き熱心に教師をされている、素晴らしい先輩もいました。

しかし、そんな教師でも、「自分の子どもは祖父母がみている」とか、「息子は知らぬ間に大学生になっていた」と話していました。

熱心に仕事すればするほど、家庭がおろそかになってしまうということです。

他にも、こそっと若手にアドバイスしてくれたり、共感してくれたりする理解力のある教師でも、上の言うことや強い人に反抗できず、意見しない姿に風通しの悪さを感じました。

異動のスピーチで「置かれた場所で咲きなさい」を座右の銘にしていますと話す優しい女性教諭、好きな言葉は「忍」ですとスピーチする、早期退職する男の国語の先生を見てきました。

自分の意見を聞いてもらえないという経験を積み重ねて、諦めの境地にはいっているように見えました。

情熱を持って仕事に就きましたが、思うような仕事ができない環境に、だんだんとモチベーションが下がってしまいました。

結婚して旦那の転職についていくか、このまま続けるか悩んだ末、退職しました。

現在、子育てをしながら新たな道を目指しています。

元教師の私でも、やっぱり教師の職は素晴らしい!と思う

私は実力や経験不足もあると思いますが、先輩の先生方を見ていても、このまま頑張っても理想の教育ができなそうだ、と考え新しい挑戦をする道を選びました。

色々なタイミングが重なって、退職しましたが、教職は素晴らしい仕事であることは間違いないと思います。

退職後、やりがいを失った喪失は想像以上に大きかったです。

 私もまた、エネルギーと情熱が戻ってきたら教職に復帰するかもしれません。

これからも、子どもに寄り添って熱心に指導し、社会を良くしたいと願う情熱のある先生が増えることを願っています。

元高校音楽教師が感じた、仕事にやる気をなくす要因!

共感する方がいたら、少し気持ちが楽になるかなと思って紹介しますね。

多くの教師が生徒のためを理由に我慢するのではなく、声を大にして言える環境、変化させられる環境にアップデートされることを願っています!

私が経験したことは、全ての都道府県や学校に当てはまるわけではありません。

教職を目指している方は先入観をもたないようにしてくださいね!

無駄な事務作業が多い

例えば出張へ行くと、細かく決められた書式に記入して、申請しないといけません。

お便りを提出する際は、どんな簡単なものでも公文書になるのでチェックが必要です。

誤字・脱字がなくても句読点ひとつから、画像の入れる位置まで、赤ペンが入り、合格するまでやり取りしないといけません。

それって必要ですか?そこまで統一しないと何か問題ありますか?

校務分掌は例年通り行われることが多く、減らすことや、効率化することをあまり考えずに行われていると感じます。

毎年メンバーチェンジするので引き継ぎばかりでなかなか改善されません。

得意分野で長く力を発揮できるようなシステムにしてもいいのではないでしょうか?

会議で意見が言えない&長い

学年会議ならまだ意見を言えますが、基本的に全職員で行う会議は、意見が言えません。

議題が多すぎて、意見を言ったら終りません。

だいたい連絡事項の確認で、決定したことの承認を得るだけの場になっているように感じました。

学校の規模にもによりますが、大きな組織なので個人が意見を言ってもその場で決まりません。

会議が長引いてしまうのでみんな意見をいいません。

確認事項だけならいちいち担当者が口頭で説明しなくても、回覧やウェブで共有にしてほしいですよね!

学年会議も、上から決められたことが多いので、若手はあまり意見が言えません。

学年主任のやり方によって大きくかわるかもしれませんが、基本的に話し合いはされず、伝達事項の話が流れていくだけでした。

全員が話すのは生徒の情報交換の時だけです。

皆で集まっている意味はあるのでしょうか?

体育会系の価値観を求められることが多い

校長にもよりますが、私が勤務した3校はみんな体育会系でした。

声が大きい方がいい、年上の言うことは聞く、はい!と返事したらすぐ動く!

集団行動!チームが大切!見た目も大切!

そんな感じで、形を重視する先生もいて、とても違和感を感じました。

生徒だけでなく、教師も同様に体育会系の根性論や精神論が求められていました。

教師は大きな声をださないといけない職業でありますが、体育会系でなくてもいいと思います。

サービス残業

一般的な公務員と違って、はじめから手当がついていますが、残業代は支払われません。

勤務時間がないような職場なのは、残業代が出ないことも関係しているのではないかと感じます。

いまだに、長く働くほうがいいと思っている先生もいます。

私が高校に勤務していた時は、平日だけでも、月100時間以上の残業をしているのにもかかわらず、土日も毎日のように学校で部活がありました。

最近は、休日の部活動の時間が制限されるようになって、改善している部分もあると思いますが、まだまだです。

できる人に負担がいく

私の特別支援学校の経験の中でご紹介しましたが、仕事ができる人に仕事がいきます。

管理職以外教師はみな、組織の中では立場が同じですが、仕事量は全く違います。

頑張る人ほど負担が増えるので、頑張りすぎて病んでしまう方もいます。

苦しいと思っても、自分の実力がないせいだと悩み、相談できない方もいます。

まじめに頑張りすぎて、自分の首を絞めることがないように、一度俯瞰してくださいね!

高校教師は部活でプライベートがほとんどない

部活動をしていると、土日も学校に行かなければいけません。

平日の部活動終了時刻も勤務時間過ぎまで設定されています。自分の仕事は部活動が終わってからでないとできません。

大会があると、平日夜に集まって準備をすることもあります。

生徒がいるときに教材研究の時間が取れないので、長期休暇で唯一休みが取れる時も、研究や研修で休めません。

私が高校教師をしていた時は、独身で全ての時間を仕事に使って頑張れましたが、家族ができたら、子どもができたら、とても体も時間も厳しいと思っていました。

小さい子どもがいる先生は少し配慮してもらえると聞きましたが、それでも仕事を持ち帰ってやらざるを得ません。

日本の学校は部活動に対する教員の負担が大きぎると感じます。

やる気のない生徒の量産

やる気のない高校生が生まれてしまうのは、学校システムに問題があると思います。

  • 成績をつけること
  • 人数が多いこと
  • 教育にゴールや目標をかかげること

これらが原因だと私は考えています。

当時、音楽教師だった私は学校という枠組みの中で子どもたちを育てることに、限界を感じてしまいました。

学ぶ意欲高めるには、学校システムが染み付いている高校生からでは遅いと思っています。

まとめ

この記事では、元高校音楽教師だった私が、教師の仕事を辞めた理由について、まとめました。

都道府県によっても異なるし、学校によっても異なるし、集まっているメンバーによっても状況は異なるので、個人の体験談としてお読みいただけたら幸いです。

私は、自分のやりたいことが思うようにできず、自分の生き方や価値観と照らし合わせて別の道を選びました。

もっと長く教師を続けていれば、違う景色を見れていたかもしれません。

教師はとても魅力的でな仕事なので、辞めたことを後悔したことも何度もあります。

この記事では書いていませんが、教師の魅力はたくさんありますよね!

悩んでいる学生や教師の方に、私の経験が参考になれば嬉しいです。

もし、歯を食いしばって努力していて、不調が出ているなら、新たな道に挑戦するのもありだと思います!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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